編集プロダクションから出版事業に飛び込んだ
『303 BOOKS』が描く大きな絵

編集プロダクションから出版事業に飛び込んだ『303 BOOKS』が描く大きな絵

デジタル化の波に押され、出版業界の斜陽化が語られて久しいなか、2020年3月、編集プロダクションから出版事業へとチャレンジした会社があります。『303 BOOKS』は何を目指し、あるいはどんな勝算をもって出版社を始めたのでしょうか。オフィス303、そして303 BOOKSの代表・常松心平さんに、ポマーロ代表の高橋崇之が迫りました。

編集プロダクションだからできることと、
出版社だからできること

高橋「初めまして。弊社は企業や自治体のコミュニケーション支援事業と並行して、『Japan Editors Labo(ジャパンエディターズラボ)』という編集者組織を立ち上げ、編集者の能力を生かすべく、新しいチャレンジを模索しています。そんななかで、『オフィス303』が出版事業に乗り出したという話を聞いて、ぜひ詳しく伺いたいと思いました」

常松さん(以下敬称略)「ありがとうございます。『オフィス303』は今年で33期目の編集プロダクションですが、2020年に取次各社との取引口座を開いて出版社になりました。その前年、2019年に『ダジャレーヌちゃん世界のたび』という本を出したのですが、これは日販アイ・ピー・エスという会社による、出版物の流通代行サービスを利用したものだったんです。そもそもその会社がうちに売り込みに来て、じゃあ何か一冊作ってみるかと、その担当者と一緒に立ち上げたプロジェクトでした。売り込みに来た当人は本が出来上がる前に会社を辞めちゃったのですが(笑)、乗りかかった船だからやってみるか、と形にしたのがこの本だったんです」

高橋「一冊目は売り込みに乗っかった話だったんですね(笑)」

常松「そう(笑)。でも作ったからには売らなきゃと、『303 BOOKS』のウェブサイトを立ち上げたんです。そこまでやったら、一冊で終わるのももったいないな、と次の企画を考えていたら、一冊目を見た絵本作家の長田真作さんから、一度会いたいと連絡がきました」

高橋「たった一冊の本から? すごいですね」

常松「その長田さん、一度会ってお話をしたら、次に会った時には一冊目の『ほんとうの星』が、その翌週には『そらごとの月』が出来上がっていたんですよ。それでこれは本気でやらなくては、と」

高橋「そこで出版社として本気になったんですか?」

常松「その時はまだ日販アイ・ピー・エスのサービスを使おうと思っていたんですが、これを作っている間にまた次の本の話が持ち上がってきました。以前、千葉ロッテマリーンズを取材させていただいたご縁で、マリーンズの本を作りたいと広報の方に話していたんです。書店流通については検討中でしたが、球場周辺のマリーンズストアや、マリーンズのオンラインストアで十分勝負できるという提案でした。それで『まり〜んずかん2020』をつくれることになったんです。そうなると、3冊も発行予定あるのに取次口座を持っていないのもなぁと思って(笑)」

高橋「とんとん拍子ですね」

常松「マリーンズとの会場物販と書店流通を同時に行うというビジネスのあり方は、熊川哲也さんのKバレエカンパニーとの仕事につながりました。おかげさまで、現在進行中のものは、こちらで企画するものより、様々な企業や作家、著名人の方から、お声がかかるものの方が多いですね」

常松心平/Shinpei Tsunematsu

常松心平/Shinpei Tsunematsu
千葉県千葉市の埋立地出身。2000年に入社し、現在編集プロダクション『オフィス303』および出版社『303 BOOKS』代表取締役。バイク雑誌、パズル雑誌を経て、児童書編集者に。2020年に出版事業を立ち上げた他、デジタルコンテンツや音声メディアなどにもフィールドを広げている。

高橋「ある種、流れに乗ったら出版社になっていたという感じなんでしょうか?」

常松「出版社をやりたいという気持ちは以前からあったんです。編集プロダクションをやっていると、“自分ならもっと面白いことができるのに”と思うようなことも結構あって。またこれまで図鑑も漫画も小説も、編集プロダクションとしてやりたいことはひと通りやり切った感じもあり、これからはデジタルに振るほうがいいのかな、と思っていたところでもありました。そんな時、日販アイ・ピー・エスの人から声がかかって、それなら紙でもう一回頑張ろうか、と」

高橋「でもその後、次から次へと依頼がつながったのは、やっぱり紙だからっていうところが大きいのではないでしょうか」

常松「そうですね。ウェブやアプリにはいくらでも情報があるけど、球場で手に取ることができて、1500円で情報がぎっしり詰まったパッケージをつくれるのは、やっぱり本ならではですよね。Kバレエカンパニーもその点に興味を持ってくださったし、今後は音楽やスポーツの分野で、同様の手法でいくつか出していく予定です。書店で勝負できる内容や価格帯の本を、“球場や劇場、ライブハウスで売りたい!”という提案が、今まであまりなかったのかなと思っています」

高橋「確かに、イベントの主催者側は“何かつくりましょう”ってなると、これまでは広告代理店に相談する流れになっていましたよね。商流が変わりそう」

常松「今でも多くの出版社は、基本的に書店向けの本しかつくってないし、それが潔いこととされてきたんですよ。でも僕はもともと編集プロダクションだから、その美学はない(笑)。だからマリーンズの会場物販できる本をつくれるんです。僕ら編集プロダクションは、日頃から取材に行き、監修者や作家とガンガンやりあいながら本をつくっているから、現場に飛び込むという意味では野球場でも劇場でも違和感ないんですよ。学校で使う本をつくるなら学校の先生に、どういう本なら使いやすいか、いくらなら買いたいかを直接聞きに行きます。そういう感覚が、編集部と会議室を往復している編集者には欠けているんですよ」

発注者に消費されない存在でいるために、
自らゲームのルールをつくること

高橋「その感じ、すごくわかります。僕らも企業のオウンドメディアを請け負う中で、企業担当者にメディアの利用者について尋ねても、彼らは実際に会ったことがなく現場感覚がないんですよ」

常松「企業も出版社もそうでしょうけど、大手であればあるほどその傾向が強いでしょうね。編集プロダクションになんでも業務委託して、作家や漫画家を自ら発掘せず、担当を先輩から受け継いでるだけでは、原稿受け取りマシーンになっちゃう。それではクリエイターにもプロデューサーにもなれない」

高橋「わかります。まして動画やウェブになると、担当者がウェブや動画の経験もないから、良し悪しのジャッジができないんですよね」

常松「それでいうと、僕が大事にしているのは、出版社なり自治体なり、発注者にジャッジメントのルールを伝えることなんです。こういうものはこういう基準で決めるんだよ、とゲームのルールをきちんと設定して、徹底的に理解してもらったうえで提案するんです。そうでないと、いつまでたっても振り回されるだけの使用人になっちゃう」

高橋「ゲームのルールを自分でつくるって、いい表現ですね。ところで自治体というのは、どういうお仕事をされているんですか?」

常松「千葉市のキャリア教育雑誌『STYLES』を2019年版から請け負っています。市内の中学生全員に配布されています。これも僕は業務委託されている立場なんですが、“僕は千葉市のキャリア教育を変えたいんだ”という大義を伝えています。描いている絵が大きくない人とは、誰も一緒に仕事したくないでしょ?」

高橋「そう思います。それに『STYLES』、見たことあります! 正直、全然千葉っぽくないなと思っていました(笑)(※編集部注:高橋も千葉県在住)」

常松「千葉市の担当者に取材にも同行してもらって、現場の熱量を一緒に感じながら、キャリア教育の本をつくる上での必要なスピリッツを共有していきました。その結果、最初は千葉市だけでしたが、今では市原市、四街道市、茂原市との合同企画になり、動画配信も始まりました。今後はリアルな学校の授業にもつなげていきたいと、勝手に思っています。予算も本当に小さい枠からスタートしましたが、4年で手応えのある仕事にはなりました(笑)」

303 BOOKSが手掛けた本の一部。右下が千葉市のキャリア教育雑誌『STYLES』。

303 BOOKSが手掛けた本の一部。右下が千葉市のキャリア教育雑誌『STYLES』。

高橋「その発展性、素晴らしいですね。同じように編集プロダクションをやっていても、納品して終わり、みたいな感覚の人も少なくないと思うんですよね。常松さんがそういう挑戦を続けられるのは、どういう動機なんでしょうか?」

常松「何か人と違うことをやり続け、新しいことを探し続けないとおしまいだという危機感だと思います。歩みを止めるのは怖いし、社員にとっても、立ち止まっている会社なんて魅力ないでしょ。“ここで辞めて来年面白いことがあったら悔しい”と、転職を思いとどまりたくなるような会社でいなくては」

高橋「同じ経営者としてすごく共感します。一方で常に新しい課題が与えられる社員さんは、どう感じているんでしょう(笑)?」

常松「いま、小泉今日子さんのポッドキャスト『ホントのコイズミさん』のウェブサイトと告知動画を担当している編集者がいるんだけど、半年前に動画編集ツールをダウンロードしたばかりで、冷や汗かきながら毎週一人でつくっています(笑)」

高橋「うちもポッドキャストなどでラジオ番組をつくっていて、担当者が犠牲になっています(笑)。でも音声は、編集者の経験がかなり生かせると思うんですよね。専門性や人脈が不可欠ですし、ファシリテーターとしてのスキルも求められる」

常松「音声は今、来てますよね。ただ、僕はもともとラジオを毎日聴いているし、ポッドキャストもよく聴いていたから、すごく馴染みがあるんですが、そうでないスタッフも多いんですよ」

高橋「常松さんはもともと好奇心旺盛なんでしょうね。音声とか動画とか、新しい兆しが見えても、無関心な人には手を出せませんから」

常松「関心は、薄くてもいいから広く持つようにはしています。何か新しい仕事と向き合うとき、“自分はこう思う”っていうカードを懐に何枚か忍ばせるようにしているんです。野球にしてもバレエにしても教育にしても。そうじゃないと、仕事がつまんない」

高橋「そういうスタンスが、次に広がっていく秘訣でしょうね」

高橋崇之/Shuji Takahashi

高橋崇之/Shuji Takahashi
1981年生まれ。2006年よりインターネットビジネスに関わり、 ファッションは2008年から広告を中心に関わる。エルメス、ZARAなどコミュニケーションやデジタル戦略を手掛ける。アプリベンチャーやEC支援企業の部門長を歴任後、2016年にPomalo株式会社を創業。出版社や百貨店、大手企業のDXプロジェクトの支援や、一般社団法人「日本編集制作協会」理事として編集業界の活性化に取り組む。

常松「編集力の話でいうと、303 BOOKSはCIEという社会貢献の団体に所属していて、僕が福島の二本松市立東和小学校で授業をしているんです。「インタビューの仕方」とか「企画の立て方」というテーマで。今は子供達に絵本の企画を立ててもらっていて、秋には実際に絵本作家の大橋慶子さんにプレゼンする予定です。面白い企画なら、303 BOOKSから本を出す約束もしています。また千葉大学教育学部付属中学校でも、「LGBTQ+のためのアドボカシーゼミ」や「夕張市の財政破綻の解決法を歴史から学ぶ」という授業のアドバイザーもしました。編集力の中には、話す力、聞く力、企画力、プレゼン力などがあって、それはもちろん一般企業でも役立つ能力ですが、教育現場との相性も非常にいいと感じています」

高橋「こういう教育の仕事って、出版社になったことで依頼が来るようになったんですか?」

常松「編集プロダクションだけをやっていたとしても、いずれやっていたと思います。以前から方々でやりたいと言っていましたから」

高橋「言うって、大事ですよね。やりたいことも、やっていることも。うちの会社も“音声メディアやってます”、“自治体のコミュニケーションやってます”って言葉にするとで、あちこちから連絡が来るんですよ」

常松「そうですね、そうやってつながる道をつくっておくことも必要ですが、やっぱりもう少し戦略的に、手を打つ、その打った手を確実に次に生かす、みたいなことも大事」

高橋「この先は出版業にシフトしていくんですか?」

常松「編集プロダクション業も続けます。企業や自治体が発行するメディアの仕事と、自社では販売することが難しい教育関係の書籍が中心になっていきます。これからも、303 BOOKSでは手掛けることができない本であれば、出版社に対して企画書を書いて、提案していくと思います。ただ、書店向けの本の制作の請負はどうしても減っていくでしょうね。いいアイデアが思いついたら303 BOOKSで出しちゃいますからね。編集プロダクションだからできること、出版社だからできることの配分とか、お金の回り方とかを考えて、両輪で進めていきます」

高橋「“両利きの経営”ですね。チャレンジする部分と支える部分のバランスが大事ですよね」

常松「編集プロダクションとして受ける仕事でも、ゲームのルールを自ら設定することを忘れなければ、伝えたいものは伝えられます。請負仕事でも、こっちの方がいいと思えば実用書の依頼を小説にしちゃうこともある。だって売れなかったら結局こちらのせいになりますから」

高橋「どんな仕事も自分の土俵で戦うことを忘れないってことですね」

常松「結局、伝えたい欲求がどれだけあるかが、編集者として一番重要な能力と言えるかもしれません。編集プロダクションでも出版社でも、その原始的な欲求を忘れないことが、これからの時代を生き抜くカギでしょうね」

高橋「刺激的な時間でした。本日はありがとうございました!」

取材&文/吉野ユリ子

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